「これが唯一の真実だ」
そんな力強い言葉を耳にすると、かつての私は少し安らいだ気持ちになっていました。でも最近、そんな言葉たちにどこか「違和感」を覚えるようになったのです。
かつて自分も救いを求めていたスピリチュアルな世界。そこで語られる言葉は、時に心を軽くしてくれます。けれど、マーケティングの現場や、人生を左右するコーチングの場で、感覚論だけで答えを出そうとすると、言葉がどこか空回りするように感じるようになりました。
相手の瞳の奥にある「根拠は?」という静かな問いかけ。
それを避けるようにインスピレーションや波動という言葉を重ねることは、相手の理性に対する不誠実さではないか。自分自身の感覚を大切にしたいからこそ、それを支える「骨格」が必要だと痛感したのです。
それが、私が統計という「少し冷たい鏡」を覗き込むと決めた理由です。
統計は、たしかに数字の羅列で無機質に見えるかもしれません。けれど、その向こう側には、誰かの泥臭い現実や、人生の重みが隠されています。統計を学ぶことは、自分を武装することではなく、目の前の人が抱える複雑な現実を、より正確に、そして誠実に理解するためのプロセスなのだと今は捉えています。
もちろん、道のりは平坦ではありません。
毎日、理論の壁に頭を抱え、「難しいな」と溜息をつくことだってあります。
でも、最初から答えを知っている完璧な指導者よりも、今この瞬間も一緒に悩み、もがきながら前に進もうとしている人の方が、きっと誰かの心に深く寄り添えるはずです。
私は、何もかもを知っている先生ではありません。
日々、直感という贈り物と、論理という道具を抱えながら、試行錯誤を続ける一人の「もがき続ける学習者」です。
今日という一日も、また新しい学びの積み重ね。
数字の先にどんな真実が隠されているのか。その答えを探して、今日も一歩ずつ、静かに歩みを進めていこうと思います。