「『自分を大切に』。その正論が、現場の硝煙の中でいかに無力か。首筋を焼く痛みと、受話器の冷たさの間で、私は己の醜悪な真実を掘り当てた。これは、地獄を資産に変える男の覚悟の記録だ。」

第8話:焦げる魂の味、あるいは「あべこべ」という名の劇薬
受話器を握る。その黒いプラスチックの塊は、死んで横たわる獣のように冷たい。
名は聖孝(セイコウ)。
東日本の広大な草地を、声という名の銃弾で撃ち抜くテレアポの修羅場。
男は今、その最前線に立っていた。
「もしもし、重機や特殊車両の……」
喉を震わせ、言葉を吐き出す。
その瞬間だ。首の神経を、誰かが赤く焼けたナイフでなぞった。
「ヒリ、リ」
熱い。甲状腺のあたりに、不吉な痛みが芽吹いている。
俺は知っている。仕事なんて替えのきくパーツだ。この身体、この魂こそが聖域なのだと。
だが、現場の煙を吸い込んだ途端、その理(ことわり)はあべこべにひっくり返る。
己を削り、獲物を狩る。
気づけば俺は、自分という楽器を叩き壊しながら、無意味なメロディを奏でている。
「何をやっているんだ、俺は――」
鏡の中の男が、歪んだ笑みを浮かべていた。エゴという名の狡猾な野良犬が、俺の足を噛んでいる。
俺は虚空に、高次のアウトローたちを召喚する。
バシャールは言う。「その痛みは、お前が自分自身の周波数からハジき出されている音だ」と。
津留晃一は囁く。「その『あべこべ』な自分を、ただ静かに眺めていろ」と。
インディアンの戦士ならこう言うだろう。「馬を休ませろ。魂が追いつくのを待て」と。
だが、受話器から流れる呼び出し音は、俺の魂を待ってはくれない。
脳が「これ以上は危険だ」とリミッターを外しても、身体は現場の磁力に抗えない。
役割という名の仮面を肉体に直接縫い付ける、過剰適応という名の自傷行為。
社会という冷徹なシステムが、俺の生命エネルギーを「アポイント」という名のコインに換金し、使い潰していく。
俺はそのシステムの一部になり果て、自ら自分の首を絞める変態を演じている。
ここで、俺自身の影に語らせよう。
「聖孝、あんた本当はこのヒリつく感覚が欲しくて、ここにいるんじゃないのか?」
「自分を大切に」なんて御託を並べながら、首の痛みを一服のタバコのように味わっている。
「死」や「病」の気配を首筋に感じながら、それでも受話器を離さない自分。
その悲劇的なハードボイルドに酔いしれ、次のステージへの「言い訳」を補給している。
本当に「どうでもいい」なら、今すぐその獣(受話器)を叩きつけ、酒でも飲みに行けばいい。
できないのは、あんたがまだ、この泥沼の熱を愛しているからだ。
首の痛みが走ったら、こう呟け。
「いい火加減だ。俺の魂が、ようやく焦げ始めた」と。
正気と狂気、スピリチュアルと地獄のテレアポ。
その矛盾という名の酒を、ストレートで飲み干せ。
その「あべこべ」な生き様こそが、俺の書くエッセイに、本物の血を通わせる。
魂が追いつかない場所からは、史上最速で撤退せよ。
だが、ここにいる間は――この焦げるような熱を、骨まで刻み込んでやる。
P.S :「システムに魂を売るのは容易い。だが、その魂を買い戻せるのは、あんた自身しかいない。今夜は、その首を優しく撫でてやってくれ。マーケティングの真理は、案外、そんな泥臭い葛藤の先に転がっているものだ。
俺の魂は、間違いなく今ここで焦げている。あんたはどうだ?」